怒鳴る寸前で踏みとどまった瞬間に何が起きていたか

「怒鳴る寸前で踏みとどまった瞬間に何が起きていたか」という体験には、衝動制御という名前があります。読み終えた頃には、その日と踏みとどまれなかった日の違いが、輪郭をもって見えるはずです。

Q1. その瞬間、何が起きていたか

水曜日の夕方、4時頃。重要な顧客との打ち合わせを30分後に控えて、デスクで資料を確認していた時のこと。

部下が、書類を持って近づいてきます。「すみません、先方から修正依頼が入りました」。手渡された書類を開くと、根本的な構成変更だった。打ち合わせまであと30分。胸の奥に、熱が一気に走ります。

口が、動こうとしました。「なんで今ごろ言ってくるんだ」。

そう、出かけました。出かけて、けれど、出ませんでした。

なぜ出なかったのか。後から振り返ると、いくつかのことが、ほんの数秒の間に起きていました。

まず、書類を受け取ったその瞬間、胸の熱に気づきました。「あ、自分はいま熱くなっている」と、心の中の片隅で、自分の状態を見ている部分が動いた。これは、後から考えると、確かに動いていた感覚があります。

次に、口が動こうとした瞬間、もう一つの声が後ろから追いつきました。「待て。この子は、たった今、先方から連絡を受けて、急いで持ってきている」。これは、判断の声でした。

そして、口が止まりました。一秒、二秒、三秒。

止まっている間に、もう一つの判断が乗ってきました。「ここで怒鳴っても、修正は早くならない。むしろ、この子が萎縮して、次の対応が遅くなる」。これは、感情の場所ではなく、頭の場所からやってきた声でした。

四秒目に、口を開けました。出てきた言葉は、こうでした。「分かった。先方から何時までに戻せば間に合うって?」。

部下は、ほっとしたような顔で「8時までだそうです」と答えた。「じゃあ、5時から取り掛かろう。打ち合わせから戻ったらすぐ集まろう」。

打ち合わせは、無事に終わりました。修正も、夜には間に合いました。部下との関係も、何も損なわれませんでした。

その夜、家に帰ってから、不思議な感覚が残りました。「あの時、自分は、踏みとどまった」。けれど、いつもは踏みとどまれない。なぜ今日は、できたのか。それが分からない。次の場面でも、同じようにできるのか。それも分からない。

Q2. その体験には、衝動制御という名前があります

なぜ、踏みとどまれた日と、踏みとどまれない日が混在するのでしょうか。

人の心の中で、動こうとする衝動が湧いた瞬間、その衝動が行動に移るまでには、ほんの短い時間があります。コンマ数秒から、数秒くらいの間です。この間に、何かを差し挟めれば、衝動は行動になりません。差し挟めなければ、衝動はそのまま行動になります。

例えるなら、滝の水が落ちる前の縁に立つ感覚に近いものがあります。水は流れています。縁の手前までは、まだ滝になっていません。縁を超えた瞬間、水は滝になり、もう戻れません。衝動と行動の関係も、これと同じです。縁を超える前に手を差し込めれば、水は滝にならずに済みます。縁を超えた後では、もう何もできません。

水曜日の夕方、書類を受け取ったあなたは、縁の手前で、ほんの三秒、手を差し込めた。差し込めた中身は何だったかというと、「自分が熱くなっていることへの気づき」と、「相手の状況への想像」と、「怒鳴った後に何が起きるかの予測」、この三つでした。これらが、縁の手前で、衝動と行動の間に滑り込んだ。だから、滝になりませんでした。

この湧き上がった衝動を、行動に移す前に一拍置く力を、心理学の領域では一つの言葉で呼んでいます。

【衝動制御】(しょうどうせいぎょ / Impulse Control)とは、湧き上がった衝動を、行動に移す前に一拍置く力のことです。

つまり、踏みとどまれた日は、この一拍が機能した日。踏みとどまれない日は、機能しなかった日、ということです。違いは、能力ではなく、その瞬間に一拍を入れられる条件が揃っていたかどうかだけです。

Q3. なぜ自分だけがそう感じるのか

「踏みとどまれた日があるのに、明日も同じようにできる気がしない」「結局、いつ踏みとどまれていつ踏みとどまれないか、自分でも予測できない」。そう感じる方は、決して少なくありません。

けれど、私が産業医として、また個別面談の場で、長年経営者・医師の方々のお話を伺ってきた経験から言えるのは、踏みとどまれる日と踏みとどまれない日の差は、その日の状態に大きく左右されるということです。具体的には、睡眠時間、食事のタイミング、その日の予定の詰まり方、直前の出来事、こうした条件が、一拍を入れられるかどうかに直結しています。

つまり、踏みとどまれない日に「自分の意志が弱かった」と思う必要はありません。多くの場合、その日の状態が、一拍を入れる余裕を奪っていただけです。意志の問題ではなく、条件の問題です。

これは、感受性が壊れているのではありません。むしろ、人の脳が疲れている時には衝動制御の機能が下がるという、極めて健康な仕組みが働いている証拠です。脳は、エネルギーが少ない時、エネルギーを多く使う機能から順に下げていきます。衝動制御は、エネルギーを多く使う機能の一つです。だから、疲れている時に踏みとどまれないのは、欠陥ではなく、設計通りの動きです。

逆に言えば、踏みとどまる確率を上げるには、意志の力を強くするのではなく、一拍を入れる余裕がある身体の状態を回復させる方が、ずっと効率的だ、ということになります。睡眠を確保する、食事の時間を確保する、予定を詰めすぎない。これらの基本的な健康管理が、衝動制御の質に直接影響している、というのは、長年面談の場で多くの方からうかがってきた共通点でもあります。※個人の感想であり、効果を保証するものではありません。

ですから、「踏みとどまれない自分はダメだ」と思う必要はありません。「踏みとどまれない日は、自分の身体が一拍を入れる余裕を失っているサインだ」と読み替えるだけで、自責の連鎖が断ち切れます。

Q4. 似た体験を抱える人へ

水曜日の夕方、踏みとどまれたあの瞬間。あれは、偶然ではありませんでした。

その日のあなたは、おそらく、前夜にしっかり眠れていたはずです。あるいは、午後の早い時間に、ほんの数分でも一人で深呼吸する時間があったかもしれません。あるいは、昼食をきちんと取っていたかもしれません。何かしらの条件が、一拍を入れる余裕を作っていた。それが、踏みとどまった瞬間の裏側です。

そして、明日もまた、その条件を回復させれば、再び踏みとどまれる確率は上がります。能力の問題ではないので、再現性は条件の回復のさせ方にあります。これは、希望のある話だと思っています。

この体験は、シリーズが扱う「Self-regulation 自分の感情を選び直す力(理論編)」の入り口です。なぜこれが起きるのか、医学的な仕組みは理論編で詳しくお伝えしています。日常で自己調整を育てる具体的な3つのステップは、実践編「感情を選び直す3つのステップ|Self-regulation実践ワーク」でお渡しします。

似た体験は、シリーズ内のほかの記事にも続きます。「気づいた時にはもう怒っていた、という瞬間」「嫉妬や落胆を感じた自分を否定する瞬間」もあわせてお読みいただけます。シリーズ核心「待った日の夜、何度も判断を確かめ直す自分」にもつながっていきます。

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まとめ

  • 怒鳴る寸前で踏みとどまれた瞬間、衝動と行動の間に一拍が入っていました
  • 衝動制御(しょうどうせいぎょ / Impulse Control)とは、湧き上がった衝動を、行動に移す前に一拍置く力のことです
  • 踏みとどまれた日と踏みとどまれない日の差は、意志の強さではなく、その日の身体の状態によります
  • 睡眠、食事、予定の詰まり方が、一拍を入れる余裕を直接左右します
  • 「踏みとどまれない自分はダメだ」ではなく、「身体が余裕を失っているサインだ」と読み替えれば、自責の連鎖は断ち切れます

監修:Dr.EKO博士(医師・医学博士・株式会社ヤエコフ代表)

免責事項: 本記事は、メンタル思考トレーニングおよびセルフケアに関する情報提供を目的とした内容です。医療行為・心理療法ではありません。重い症状が出ている方は必ず医療機関を受診してください。

最終更新:2026年5月

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Dr.EKO博士

Dr.EKO博士(YAEKOFU)

医師・医学博士 / やえこふクリニック院長

医師として保険診療の現場に立ちながら、ある問いが消えませんでした。「今出ている不調を取り除くだけで、その人は本来の自分に戻れているのか」。スタンフォード大学でEIを学び、分子栄養療法・スラトレ®を統合した独自のアプローチを確立。完全自費・マンツーマンで、エグゼクティブ・医師・リーダーの「本来の自分への回復」を支援しています。

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