成果が止まった瞬間に、自分が消えそうになる感覚

成果が止まった瞬間に、自分自身まで消えそうになる、という体験には、存在不安という名前があります。読み終えた頃には、その感覚を抱えている自分を責めなくてもよい理由が、少しだけ伝わっているはずです。

Q1. その瞬間、何が起きていたか

会議が終わって、廊下を歩いている時です。

今期の業績数字が、初めて前年を下回ることが、ほぼ確定的になった会議でした。理由はいろいろあります。市場の動き、為替、業界全体の流れ。誰のせいでもない。けれど、数字が下がるのは事実です。

廊下を歩きながら、自分の足元が、少しふわっとする感覚があります。

何かが浮いている。地面に足がついていない。けれど、ちゃんと歩いている。歩けているのに、地面と自分の間に、薄い空気の層があるような感じ。

エレベーターに乗ります。ガラスに映る自分の顔を見ます。誰だろう、と一瞬思います。「成果を出している自分」が映っているはずだったガラスに、誰だかよく分からない人が映っている。

家に帰っても、その感覚は続いています。妻の話を聞いていても、半分くらい上の空です。妻と話している自分が、自分ではないような感じ。声を出しているのに、その声が遠くから聞こえる。

夜、ベッドに入って目を閉じても、感覚は消えません。「自分は何のために生きているのか」という問いが、口の中まで上がってきて、止まります。問いを口に出してしまうのが、怖いからです。問いを言葉にしたら、答えが「何のためでもない」になってしまいそうな気がする。

この日、何が起きていたのか。それを、これからお話しします。

Q2. その体験には、存在不安という名前があります

なぜ、業績数字が下がっただけで、自分の存在まで揺らぐのでしょうか。仕事の成果と、自分という存在は、本来別のもののはずです。それなのに、なぜ切り離せないのでしょうか。

ここで、ひとつ図を描いてみます。

家を支える土台のことを考えてみてください。家の土台は、複数の柱で支えられています。柱が10本あれば、1本壊れても、家は立っています。柱が5本あれば、1本壊れた時の揺れが、少し大きくなる。柱が1本だけだったら、それが揺らぐと、家全体が揺れます。

人の心にも、自分を支える「土台の柱」があります。家族との関係。趣味や好きなこと。仕事の成果。健康な身体。社会的な役割。本来なら、複数の柱で自分が支えられているはずです。

リーダーとして長く立ってきた方の多くは、知らないうちに、土台の柱がほとんど「仕事の成果」一本に絞られています。家族や趣味の柱は、形としては残っていても、心の中での比重がとても小さくなっている。「成果を出している自分」という柱が、土台の8割9割を占めている状態です。

この状態の人にとって、成果が止まる瞬間は、家全体が揺れるのと同じ感覚になります。柱が1本しかないから、その柱が揺らぐと、家全体が傾く。これが、成果が止まった瞬間に「自分が消えそうになる感覚」の正体です。

ここで、ひとつだけ言葉を共有させてください。

【存在不安】(そんざいふあん / Existential Anxiety)とは、何もしていない自分には居場所がないように感じる体験のことです。

存在不安は、思考レベルの問題ではありません。「自分には他にも価値がある」と頭で唱えても、消えません。これは、長年「成果で支える」をくり返してきた身体感覚のレベルで起きていることだからです。だから、頭で説得しようとしても届きにくいのです。

Q3. なぜ自分だけがそう感じるのか

「自分だけが、こんなに不安定なのではないか」と感じる方が多いのですが、これは決して特殊な体験ではありません。

私が産業医として、また個別面談の場で経営者や医師の方々とお話ししてきた中で、「成果が止まった瞬間に、自分が消えそうになる」と語られる方は、決して少数派ではありませんでした。長く第一線で立ってきた方ほど、この体験を抱えていらっしゃることが多いのです。

ある経営者の方は、こう話されました。「業績が30年初めて下がった日、廊下で本気で目眩がした。誰にも言えなかった。社員の手前、平気な顔をしていたけれど、家に帰ってから3日、頭が回らなかった」。

別の医師の方も、同じようにおっしゃいました。「臨床の研究テーマが行き詰まった時期、何のために生きているか分からなくなった。家族はいる。健康もある。それでも、自分の存在が薄くなる感じがあった」。

この体験を語る方の多くに共通していたのは、ご自身を「精神的に弱い」「経営者として未熟」と捉えていたことでした。けれど、そうではないのです。

成果が止まった瞬間に存在まで揺らぐのは、精神的な弱さではありません。長年、土台の柱を成果一本で組み立ててきた構造の、自然な反応です。むしろ、それだけ真剣に成果を追ってきたからこそ、柱が一本になったとも言えます。真剣さの代償として、こうした感覚が出ているのです。

責められる要素は、何一つありません。

Q4. 似た体験を抱える人へ

「成果が止まった瞬間に、自分が消えそうになる感覚」の体験は、シリーズが扱う「止まると価値がなくなる恐怖」というテーマの、ひとつの入り口です。なぜ成果と自分が切り離せなくなるのか、その仕組みを医学的に整理した理論編「止まると価値がなくなる恐怖|医師が解説するリーダーの根の深さ(理論編)」と、向き合う実践編「止まる恐怖と向き合う実践ワーク|やえこふクリニック紹介」もあわせてご用意しています。

似た体験として、動けなくなった時の諦めの感覚を書いた「やっても変わらないという諦めは、いつ生まれたのか」、予定が空いた瞬間に押し寄せる不安を書いた「予定が空いた瞬間に、不安が押し寄せる感覚」もあります。シリーズの核心として「シリーズ核心:待った日の夜、何度も判断を確かめ直す自分」もあわせてご覧いただけます。

成果が止まった日の自分を、責めなくてもよい朝が、少しずつ増えていくことを願っています。


経営者・医師・リーダーのための面談という選択肢

やえこふクリニックでは、経営者・医師・リーダーの方向けに、Dr.EKO博士(医師・医学博士)が直接対応する個別面談をお受けしています。揺らいだ瞬間の感覚を、独りで抱え込まずに整理したい方のための場です。

「自分の土台を、誰かと一緒に組み立て直したい」「消えそうになった時の自分のパターンを言葉にしたい」。そういう方のための予約フォームを、下記にご案内します。

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まとめ

  • 成果が止まった瞬間に存在まで揺らぐのは、精神的な弱さではありません
  • 【存在不安】は、土台の柱が成果一本になっている時の自然な反応です
  • 思考で説得しようとしても届かない、身体感覚レベルの体験です
  • 真剣さの代償として、こうした感覚が出ているとも言えます
  • 独りで抱え込むには重い時は、専門家と一緒に整理する選択肢があります

監修:Dr.EKO博士(医師・医学博士・株式会社ヤエコフ代表)

免責事項: 本記事は、メンタル思考トレーニングおよびセルフケアに関する情報提供を目的とした内容です。医療行為・心理療法ではありません。重い症状が出ている方は必ず医療機関を受診してください。

最終更新:2026年5月

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Dr.EKO博士

Dr.EKO博士(YAEKOFU)

医師・医学博士 / やえこふクリニック院長

医師として保険診療の現場に立ちながら、ある問いが消えませんでした。「今出ている不調を取り除くだけで、その人は本来の自分に戻れているのか」。スタンフォード大学でEIを学び、分子栄養療法・スラトレ®を統合した独自のアプローチを確立。完全自費・マンツーマンで、エグゼクティブ・医師・リーダーの「本来の自分への回復」を支援しています。

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