メスを置いた整形外科医が見つけた「もう一つの医療」——キャリア転機のリアル
この記事のポイント:医師は「ひとつの道を極める」ことを求められる職業です。しかし、その道が突然断たれたとき——あるいは自分から降りたくなったとき——受け皿が極端に少ないのが現実です。視力の問題で手術をやめた整形外科医が、「治す医療」から「育てる医療」へと転換した軌跡から、医師のキャリア転機を考える視点を提示します。
整形外科医が、手術をやめた日
整形外科専門医として、手の外科を中心に臨床に携わってきました。骨折の整復、腱の縫合、マイクロサージャリー——ミリ単位の精度で組織を再建し、患者さんの手が再び動くようになる瞬間が、何よりのやりがいでした。
しかし、あるとき視力に問題が生じました。マイクロサージャリーに必要な精密な視力を維持できなくなったのです。
整形外科医として、手術という最も自信を持っていた武器を失う——それは、医師としてのアイデンティティを根底から揺さぶられる体験でした。当時の苦しみは、言葉にしきれません。
医師がキャリアの転機を迎えたとき、何が起きるのか
先生方にも、こんな瞬間がないでしょうか。
- 「この先、ずっとこのペースで続けられるのか」
- 「自分のキャリアは、このままでいいのか」
- 「臨床以外に、自分にできることはあるのか」
- 「手が動かなくなったら、目が見えなくなったら、自分には何が残るのか」
医師は、ある意味で「ひとつの道を極める」ことを求められる職業です。専門を選び、技術を磨き、その領域のエキスパートになる。レールを外れる人は少なく、外れた先の地図もほとんど整備されていません。
その道が突然断たれたとき——あるいは、自分から降りたくなったとき——受け皿が極端に少ないのが現実です。
臨床を離れて見えた景色——スタンフォードで学んだこと
臨床を離れてから、スタンフォード大学で感情知性(Emotional Intelligence)を学びました。Laura Delizonna氏のもとで、人の思考と感情がパフォーマンスにどれだけ影響するかを、体系的に理解する機会を得ました。
そこで気づいたのは、整形外科医として12年以上培ってきた視点——「体と心はつながっている」「症状を和らげるだけでなく根本から取り除く」——が、臨床の外でもそのまま活きるということでした。
医療の本質は、手技そのものではありません。人が本来持つ力を引き出し、支えること。この本質は、どんな形の医療でも変わらないのです。
「治す医療」から「育てる医療」へ——もう一つの選択肢
手術で体を治す医療から、思考と身体の使い方を鍛える教育へ。これが「もう一つの医療」の形でした。
治す医療
- 症状が出てから対処する
- 手術・投薬・処置が中心
- 時間的に限られた介入
育てる医療
- 壊れる前に予防する
- 思考・生活習慣・身体の使い方を鍛える
- 長期的な伴走
壊れてから治すのではなく、壊れない心と体をつくる。産業医としての知見も加えることで、「働く人」に特化したアプローチとして体系化できました。
医師・医療従事者へ伝えたいこと
この経験談を書くのは、自分語りがしたいからではありません。同じ医療の現場で働く先生方に伝えたいことがあるからです。
1. 「自分を整える」ことは弱さではない
医師や看護師、薬剤師、技師——医療従事者は、自分の健康を後回しにする文化の中で働いています。患者さんのためなら無理をする。休まない。弱音を吐かない。それが「プロフェッショナル」だと信じてきた方が多いのではないでしょうか。
しかし、自分自身がキャリアの転機を経験してわかったのは、「自分を整えることが、結果として最も多くの人を支えることになる」ということです。
飛行機の酸素マスクと同じです。まず自分に装着してから、隣の人を助ける。
2. レールを外れても、道はつながる
ひとつの専門性を極めた経験は、別の形で必ず活きます。失うのは「具体的な手技」であって、「医療の本質を見る目」ではありません。キャリアの転機は、新しい医療の形を発見するチャンスにもなり得ます。
3. 早期の対話が鍵
転機が突然訪れる前に、自分の「健康と思考の現在地」を確認する対話を持っておくこと。これは、キャリアを長く続けるための最も現実的な投資です。
まとめ——医師のキャリア転機を考える視点
- 医師は「ひとつの道」を求められる職業——受け皿が少ない現実
- 臨床の外にも、医療の本質を活かせるフィールドがある
- 「治す医療」から「育てる医療」へという選択肢
- 自分を整えることは、プロとしての合理的判断
キャリアの転機は、誰にとっても突然やってくる可能性があります。そのときに一人で抱え込まないための備えは、健康な今のうちから始められるのです。
※本記事は情報提供を目的としており、キャリア相談・医療行為の代替ではありません。メンタル面に強い不調がある場合は、精神科・心療内科などの専門医療機関にご相談ください。
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最終更新:2026年4月
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